正体不明の者に襲われ生死の境をさまよったカカシが回復に向かっているとの連絡を火影・ツナデから式により知らせを受け安堵する一方、イルカの心にはまだ暗雲が掛かっている。
警護と治療の理由からここ数週間 共に暮らしている守護者・ライドウの様子だ。
あまり顔に表情は出さず心を悟られない様にするのは忍のつねだとはいえ、どうにも最近のライドウの様子はおかしい。
先日日帰りの緊急任務が入った時からだ。
自分には正式な夫となるカカシがいる。彼と添い遂げると心に決めたのに運命は守護者としてライドウにも白羽の矢を立て すでに引き返せない所まで来てしまっている。
先日ライドウの発作が起こった際、イルカは自身の血を飲ませた。その結果 ライドウは見事にその血に適合し守護者のランクが上がったが、イルカ自身はここで初めて自分のライドウに対する気持ちにも気づいてしまった。
カカシを裏切る行為だと自分を責めたが、以前からカカシはそのことを予測してかイルカには言葉をかけ続けていた。
「あんたにとって ライドウは必要な存在だ。俺に対する裏切りじゃない。」
その時のイルカにはカカシの言葉の真意まで解らなかった。だがここにきてそれを痛感させられてしまったのだ。
カカシはもちろん、ライドウも、自分にとってはかけがえのない存在になってしまっていた。それがわかった時、妙に心の中にストンと何かが落ちて 欠けたパズルのピースがはまったような、そんな感覚に陥った事に自分でも自分が信じられなかったが、ライドウのはっきりした思いと愛情にイルカも受け入れる事を決めた。
「イルカ、起きてるか?」
ベッドルームで体を起こして窓の外を見ながら考え事をしていたイルカは不意のノックとドアを開ける音に肩をはねさせて驚く。
「あ、はいっ!」
「…どうした、何か考え事か?」
「ううん。何でも。」
ライドウは心配そうに水と薬を乗せたトレイをサイドテーブルに置き、その場に片膝をつくようにして大きな体を小さく丸めイルカの薬の準備を始めた。
「やっぱり慣れない…ドア、開けっ放しにしない?」
イルカは通常は自身の小屋敷でカカシと共に生活しており(イルカは木の葉の里でも有数の家柄の跡取りなので里内の外れに今住んでいる小屋敷と共に数個の屋敷を持っている)カカシが当時住んでいたアスマの自宅から引っ越してきて以来ずっと一緒にいる。
元々締め切った場所での生活を嫌っていたカカシが来てからというもの、玄関や縁側の扉以外は基本的に開けっ放しなのだ。部屋に入る時には開け放ったドアをコンと一度叩いて声をかけて来るのがカカシの癖だ。
「お前は今は女の体に戻ってる。いくら結界を張ってある俺の部屋とはいえ油断は出来んだろう。」
薬と水を手渡しながらライドウはいつもの表情で淡々と話す。
「確かに風精達も協力してくれているけど…」
『姫様のお気持ちも解らなくはないですが、ここは守護者の言をお聞きください。私どもも精一杯 姫様をお守りしていきますので。』
苦い薬を口に含んで一気に流し込み渋い顔をしていると目の前に風精王・フウカが姿を現しにこりと微笑んだ。
「うん、頼りにしてるんだよ、フウカもみんなも。もちろんライもね。いつもありがとう、感謝してる。」
微笑んでフウカの顔を撫でる様にすると フウカはくすぐったそうに笑う。
精霊たちは基本的にその個々の形を持たないが、その纏めとなる王だけは人型を纏う。その姿はその代の守護者によって違う。守護者に近しい亡くなった身内の姿を纏い、力を安定させやすくする。カカシの場合は父母、ライドウは妹なのだ。ただしこれはあくまで主従関係。たまたま身内の姿をしているだけでそれに身内の情を深く用いる事は守護者自身の身を犠牲にする事になるためそこの分別はある程度つけている。その精霊の王となる言霊師・イルカは精霊個々の形は基本的に見えないが、守護者と精霊の絆が確定する事でその王たちの姿は見える様になっていた。
「ああ、いつも頼りにしてるよ、フウカ。」
『はい、守護者様。』
微笑んで姿を消したフウカを見送りライドウはイルカに向き直った。
「さてと、今日の昼飯は昨日ゲンマが持ってきてくれたパンでサンドイッチだ。」
「うわ、美味しそう♡ 手伝います!」
「お前、まだ自分が体調がすぐれない事忘れていないか?」
「家の中でくらいいいじゃない。やっと体が動くようになったんだもの、少しくらい動かないと腐っちゃうよ。」
「はあ…ま、今日は天気も良いし、いい風も吹いてる。少しだけな。」
苦笑いしながらライドウはイルカをベッドからおろしキッチンに向かった。
夜、イルカは眠れず天井を眺めていた。カカシの様子は安定しているようで 後は目を覚ますのを待つだけの状態だ。手足を切断され 首にもそのような跡があったという。左目の写輪眼もくり抜かれかけた状態だったそうだ。普通の人間ではそんな状態では完全に命はないが、カカシはイルカと深く結びついたS級守護者。五体バラバラとなり 心臓などにもダメージを与えない限り、再生が可能となる。言霊師の血とその絆というのはとても強い。その関係が密になればなるほどS級守護者としての体の再生度は上がる。言霊師の命が何かの形で途切れるまで その状態は続くのだ。
イルカは代々里を守る言霊師の家系。その力と命は里を守る為にあり 代々その家系の女が力を受け継いできた。九尾の時 命を無くした母も言霊師で、その母と共に戦い散った父もS級守護者だった。だがイルカはその力の大きさ故に命を守る為 母達にその力を抑える術を掛けられた。抑えられた力は眠り続けていたが、カカシと出会い心を通わせ 共に歩む事でそれは覚醒し今に至る。
基本的に言霊師の守護者は1人ではない。ランクはB、A、SとありカカシはS、ライドウは実はまだAだ。
隣で寝息をたてているライドウを見やると視線に気づいたのか片目を開けた。
「…どうした?」
「あ、ごめんね、起こしちゃって。日中あれだけ寝てるからかな、眠れなくて。」
笑いながら取り繕うが、流石にカカシやライドウにはそれは通じない。ライドウはため息をつきながらイルカを抱き寄せた。
「目を瞑れ。こうしててやるから。」
「え、あ……うん…」
抱かれたイルカはそのままライドウの胸に手を当てる。ライドウの体の左半身は九尾の時に負った火傷の跡が大きく残っている。それは顔から下、脹脛近くまであり 内臓にもかなりの負担をかけていた。先日ライドウがその傷から来る後遺症での発作が起こった時、イルカはライドウに自身の血を飲ませた。その事でライドウは守護者のランクがAに上がり、その傷跡は治らないものの発作に苦しむことは今後は無くなるだろう。ただし、それは言霊師との関係が密になってきているというもの。もう後戻りが出来ない状況になっていた。
「不安、だよな。」
「…これから、どうなるんだろ…俺は、あなたまで…」
「俺の事は俺自身が望んでいた事だ。お前の責任じゃない。カカシの事も今は火影様にお任せするしかないだろう。あいつの事だ、目が覚めたら速攻でお前を連れて帰るだろうな。」
「あの…」
「ん?」
「知ってるかどうか解らないけど…その…」
「…ランク上げの事?」
「う、うん…」
現在のライドウのランクはA。思いを通わせイルカが受け入れた以上はライドウはランクSに上がる事は確定されている。だが その為にはイルカと定期的に繋がる事でその力を得なくてはならない。つまり、体を重ねる事。
「いいのか?」
「え?」
ライドウは抱いていたイルカをころりとベッドに転がし両手を掴んで縫いとめ口づけた。いきなりの事でイルカは少し体を跳ねさせるが ゆっくり宥める様に口づけられ段々と体の力を無くしていった。しばらくの間たっぷりと口の中を堪能された所で唇が解放され目が合う。イルカの目は潤みゆっくりと荒く深い息をついていた。
「…あー、いい眺めで最高っなんだが…」
ライドウは顔を赤らめて苦笑いしながらイルカの額に口づける。
「俺としてはカカシにちゃんと話をしてから順をおいたい。あいつがこんな時に勝手にお前を抱いてみろ。何を言われるか…お前も、そうだろう?」
見透かされた様に言われイルカの目からは自然に涙が溢れる。ライドウはそれを唇で取りながら小さく笑う。
「はは…それが解らないとでも思ったか? 長い事お前を想ってきてたんだ。その位の心の機微 汲み取れなくてお前の夫は務まらん。大体 いきなり過ぎてまだ指輪も準備出来てないからな。」
優しく抱かれてあやす様に背中をポンポンと叩かれ 我慢できず涙が流れ始める。
「そ、なの…いらな…」
「そういうな。俺にとっては初めての指輪だ、贈らせてくれ。」
「大好き…」
「ん。今はそれで十分だ。xデーを楽しみにしてる。」
「ふふ…何それ…」
イルカは笑いながらライドウの腕の中で眠りに落ちた。
どこか遠くで機械か何かが動いているような音がしている。
それは徐々に自分たちの方に近づいている、そんな予感がしていた。